- 神渕小学校
- 上麻生小学校

学校紹介
自然豊かな神渕の地で、温かな地域の皆様、保護者の皆様に支えられ、
心優しく素直な子どもたちが育っています。
学校情報
所在地
住所:
| 〒509-0511 岐阜県加茂郡七宗町神渕9871 | |
| 電話番号:0574-46-1210 FAX:0574-46-1681 | |
校訓
自ら考え 豊かな心をもち 最後までやりぬく子
沿革
1873年(明治6年) – 下中切に明方義校、大塚に開蒙義校が開校。
1875年(明治8年) -明方義校が万場字朝張に移転し、朝張学校に改称する。開蒙義校が大塚学校に改称する。
1879年(明治12年) – 朝張学校が公立朝張学校、大塚学校が公立大塚学校に、それぞれ改称する。1882年(明治15年) -古屋に公立神渕小学校が開校し、中等科を設置。公立朝張学校が公立神渕小学校朝張支校、公立大塚学校が公立神渕小学校大塚支校に、それぞれ改称する。
1886年(明治19年) – 公立神渕小学校が廃止。公立神渕小学校朝張支校は朝張尋常小学校、公立神渕小学校大塚支校が大塚尋常小学校に、それぞれ改称する。
1894年(明治27年) – 高等科設置にあたり、朝張尋常小学校、大塚尋常小学校のどちらに設置するかで村内で対立が発生する。議会により、翌年から毎年交代で高等科を設置することになる。
1895年(明治28年) -朝張尋常小学校が神渕尋常小学校に改称する。大塚尋常小学校が神渕尋常高等小学校に改称する。
1896年(明治29年) – 神渕尋常小学校(朝張)が神渕尋常高等小学校に、神渕尋常高等小学校(大塚)が神渕尋常小学校に、それぞれ改称する。
1897年(明治30年) -下中切に神渕高等小学校が開校。神渕尋常高等小学校が神渕第一尋常小学校に、神渕尋常小学校が神渕第二尋常小学校に、それぞれ改称する。
1897年(明治30年) – 神渕第一尋常小学校が神渕北尋常小学校に、神渕第二尋常小学校が神渕南尋常小学校に、それぞれ改称する。
1903年(明治36年) – 神渕高等小学校、神渕北尋常小学校、神渕南尋常小学校が統合され、神渕尋常高等小学校となる。現在地に新築移転。
1904年(明治37年) – 杉洞分教場を設置。
1912年(明治44年) – 三軒家分教場を設置。
1925年(大正14年) – 三軒家分教場を廃止。
1941年(昭和16年)4月1日 – 神渕国民学校に改称する。
1947年(昭和22年)4月1日 – 神渕村立神渕小学校に改称する。
1955年(昭和30年)2月11日 – 武儀郡神渕村と加茂郡上麻生村とが合併し、加茂郡七宗村が発足。同時に七宗村立神渕小学校に改称する。
1960年(昭和35年) – 現在の校舎が完成する。
1968年(昭和43年) – 杉洞分校を廃止。
1971年(昭和46年)4月1日 - 町制施行により、七宗町発足。同時に七宗町立神渕小学校に改称する。
学校紹介
本校は、明治5年に上麻生本郷の宝樹寺に「文林舎」として創立し、大正14年に上麻生尋常高等小学校と改称され、昭和30年に上麻生村と神渕村が合併した際に、七宗村立上麻生小学校となりました。創立140年以上となる伝統ある学校です。
校区を横断して飛騨川が流れ、その川岸から「日本最古の石」が、昭和45年に発見されました。この石は20億年前の片麻岩で「上麻生礫岩」と呼ばれ、各学校や「日本最古の石博物館」等に展示されています。さらに、飛水峡一帯に点在する甌穴群(ポットポール)は、長い歳月の間に川の激流により岩が侵食されて壺状にえぐられたもので、約880個あり、国の天然記念物に指定されています。
学校情報
所在地
住所:
〒509-0401
加茂郡七宗町上麻生2356-1
電話番号:0574-48-1024
FAX:0574-48-2391
校章

校訓
やさしく
かしこく
たくましく
沿革
明治 5年 上麻生本郷の宝樹寺に「文林舎」として創立される
明治44年 本郷尋常小学校と称する
大正14年 上麻生尋常高等小学校と改称される
昭和16年 上麻生国民学校と改称
昭和30年 上麻生村と神渕村が合併した際に、七宗村立上麻生小学校と改称
昭和41年 上麻生小学校、室兼小学校、川並小学校を統合し、新設上麻生小学校となる
昭和49年 屋外工作場新設、プール竣工
